大井川鉄道C10について

旅の者

私はC10の国鉄時代の活躍は撮影していない。
昭和37年に全廃になってからラサ工場宮古工場専用線に払い下げられた8号機のみが、時折鉄道情報誌に散見されたのみで、同専用線廃止後は宮古港線で短区間屋根付き無蓋車を引いていた。
そこも定着せず大井川鉄道に引き取られ、しばらく千頭駅に留置されていたが、平成11年から復活運転を開始した。
C10は、昭和5年製造、その前々年に落成したC53と外観上共通点が多い。
除煙板はまだ装備されていない。
溶接技術も未発達の時代のためリベット留めで、いかめしい感じ。
両脇の水タンク、運転室、炭庫などがリベット留めだったが、後に水タンクは溶接構造に改められた。
ラサ工場時代に全部デッキに作業用の手すりが設けられ、端梁に警戒塗装が施されていたが、それらはほぼ現状に復されている。
以前から大井川鉄道で使用されてきた蒸気機関車は、静態の9600を除いて全て溶接構造の機関車のためC10は古典的に見える。
年代もC12164が昭和7年、C5644が昭和10年、C11227が昭和17年、312が昭和21年の製造でC10が最古参。戦前興隆期の国鉄の面影を伝える貴重な存在。ボイラも乗せ替えておらず風格がある。

私は大井川の機関車は撮りつくしていたが、C10については宮古港線で撮影したのみで非常に新鮮である。
ただし大井川の稼働機関車は数両あり、何れが使用されるかは不定のため、情報誌を見てもC10がいつ使用されるかは掴みにくい。そこで2往復以上の運転の時なら確率が高いのではと考え、この夏久しぶりに大井川へ。7月6日(土)C10はやって来たが後部に電気補機が付き、列車写真としてまとまらず。聞けば7月14日は1往復で客車は4両、待機しているのはC10とのこと。
14日初めてC10の国鉄風列車を撮影した。
その時の興奮は、遙か以前に国鉄現役蒸気を撮影した時の心境に近いものであった。
山間部に太い汽笛がこだまして、除煙板のないC53のような風貌のC10が驀進して来た。
あまりの迫力にシャッターチャンスを逃がさぬよう緊張する。
一発勝負、急速接近するC10の前頭がファインダー一杯になった時ボタンを押す。
カシャッ、轟然と通過する機体、続くオハ35と43系計4両の客車。
ついに撮影した、国鉄風C10の編成。
電化直前の五日市線もこのような雰囲気であっただろう。
次にC10を迎えるのは何日後か、楽しみである。


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